まつたりおうぶライフ

三流の暮らしについての無為自然の話題、俳句等のブログです。

2013年03月

つぶつぶと花芽ふくらむ並木道
咲き初めの花打ちたるかこの雨は
恋猫を追えば我が家の猫となり
チューリップ一つ球根口つぐむ
壁紙を貼り替え損ね受難節

これよりは恋や事業や水温む

いやはや精力的な句である。

この句には僕はついていけないけれど、恋と事業を組み合わせるだけでも面白いのに、水温むとの取り合わせが絶妙だな。

虚子先生の心境だろう。
事業というのは、俳句関連のことなのかな。それとも実業なのかな。少なくともこれまでの生涯でそんな風に感じたことは一度もなかった。

人それぞれということでしょうか。

八講は荒仕舞いとな帆掛け舟
大将は鹿島立ちなり祭頭祭
常楽の涅槃を得たる歯抜けかな
釈奠に一弦弾きて殷々と
蓮如忌や節談説教羽目外し


この里の苗代寒むといへる頃

 「苗代寒む」でナワシロサムと読み、苗代時の冷え込みのこと。近畿地区では、あんまり苗代の頃の寒さは意識しないが、東日本では、特に、この間、震災があった東北では、保温折衷苗代が出来るまでは、寒さによる生育障害の為の闘いであった。
 東日本大震災が起きた頃、ちょうど早稲の保温折衷苗代を準備する直前の時期に入っていた。東北では、昭和十年までは、四月下旬から五月上旬までがその時期であったが、保温折衷苗代、機械移植育苗に至っては、四月上旬から作付け開始。
 震災と津波によって畑が流されたり、あるいは、放射能汚染で作付けが制限されて苗代を放棄しなくならなかったり、そういった想いをもっている人も多いだろう。

 虚子の時代では、やはり四月下旬から五月上旬の時期が東北ではそうだが、それぞれの立地条件、すなわち「里」によってこの時期がずれて来る。つまり、地域性がある季語として、「苗代寒む」が詠み込まれている。

 ただ単にそういった季節を詠むだけではなく、これから大変な苦労と共に稲を育てるお百姓さんの苦労等も感じられる句である。


スキップで家に帰れば春休み
春寒や一枚羽織り茶の友に
人毎に桜のつぼみ見上げいく
この春は金光坊島の潮疾く
散る花や補陀洛山寺の海蒼し