まつたりおうぶライフ

毎日の平凡で程度が低い暮らしについてそこはかとなく浮かび来る無駄な話題、俳句等のブログです。

2013年09月

みほとけは頬に指当て春待てり

果たしてどうなりますやら。

童子の評論賞の原稿をようやく書き上げて送稿完了。
果たしてどうなりますやら。

原稿を書いた後、虚子の句の存門と極楽の関係についてずっと考えていると夜も寝られなくなってしまいました。
結局、虚子に言わせると花鳥諷詠とは、まさに、人生の苦しみを離れたところにある境地であり、それは、一瞬であり永遠であるということ。仏教の思想につながるものがありますね。019


それは、一つの解脱の境でもあるのだろうけれど、なかなか、凡人には、その様なところまでは行けない。釈尊がもともと説かれた原始仏教の教えもその様な考えに近いところにある。それに比べて大乗経典はどうだろうか、あるいは、唯識や中観論まで想いが拡大してしまって、とうとう、昨夜は一睡も出来ませんでした。

それにしても最後の時まで、虚子が句帳を前に俳句の世界の埋没していた様子が伺えます。

彼岸花

DSCN1868のコピー

灯火親しむ

DSCN1865のコピー

あかあかと明恵上人月の中

DSC02068

あかあかと明恵上人月の中
満月を愛でて心の月ぞ清む
茶屋町に兎の月をみてをりぬ
名月のものがたりして酌み交わし


あかあかやあかあかあかやあかあかや
あかあかあかやあかあかのつき

虚子記念文学館

13日の午後、芦屋の虚子記念文学館を訪問しました。
実は、童子評論賞で執筆最中の「虚子最後の春~存問から極楽へ」を執筆していて、どうしても判らないことがあったので、なにかヒントになることがないと思って訪問した訳です。
芦屋川駅

最初、阪急芦屋川まで行って、そこから芦屋川を濱の方に下るコースが選びました。
これら間違いでした。残暑が特別に厳しい日でしたのが、芦屋濱についた時には、完全に参ってました。
教会
 

いつも芦屋に来ていいなと思うのは、この教会堂です。
素晴らしいと思います。

芦屋の濱

そのまま道なりに歩いていくと芦屋浜の近くに出ました。
さすがに浜が近くなると、潮風が心地よく秋を感じさせました。

さやけしや芦屋の濱の潮風

虚子記念文学館は、海端のお屋敷外の少し、内側に入ったところにあります。
虚子記念文学館


いろいろと貴重な資料を見学させていただきました。
文化勲章が見事でした。

童子

童子誌が置いてありました。

「あなたどこに棲んでいらして?六甲の句会も是非いかが。」

六甲の句会へとお誘いを受けました。

秋の波聞こゆるところ虚子の館


 
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