まつたりおうぶライフ

三流の暮らしについての無為自然の話題、俳句等のブログです。

2014年05月

The old mere! A frog jumping in The sound of water

佛大日本文化史の回答案より。

 俳諧・俳句の成立・受容においては、海外文化との交流がその初段階にみられるということ、また、明治以降の子規が創始した近代俳句は、同時に世界への「日本の誇る俳句文学」の発信が行われたことや、あるいは、来日していた欧米人が日本の俳句文芸について知ることとなり、欧米の詩歌文芸ジャンルにも影響を与え、「短詩形」としてのHAIKU運動が起こり、フェースブック等を介して、各国のHAIKU関連団体が投稿を行っている。また、短詩形の俳句は、写真・映像とのコラボレーションで高い融合性をみせる文芸ジャンルであり、日本・海外ともに写真俳句が隆盛を極めている。こうして、俳句・HAIKUは、日本、海外の人たちの日常的な文芸として楽しまれる様になっている。

 

 さて、俳句の元となったのは、連歌そして俳諧である。連歌と俳諧との違いはその連衆が連歌は堂上人が中心で、俳諧は、堂上も地下も関係なく平等に座を形成して連句が行われる点である。従って季題についても連歌は伝統的な和歌に詠まれて来た風物が中心であり、俳諧は、もっと日常や生活に纏わる季題も加わることなる。

 俳諧の基本は、「座」である。座を中心とした芸術としては、茶道もある。これは、16世紀に南蛮の宣教師との関係から、キリスト教のミサの影響を受けているという説もある。身分の違いを超えて同じ座で物事を嗜む習慣は、切支丹衆の影響であろうか。松永貞徳も、南蛮寺に足繁く通っていたし、堂上の連歌から、俳諧の道を創始した代表的な人物である。

 南蛮人がもたらした文化としては、天草版にみられる活版印刷術である。キリスト教文献の他にも平家物語や日本の古典等も初期の活字で刊行された。その後、関ヶ原合戦以降は、活版印刷は廃れ、その替わりに整版印刷となるが、印刷文化、出版文化の庶民化が欧米に先駆けて進展をみた。

 そうした文芸の庶民化は、古典の研究や解釈にも影響をもたらし、北村季吟の様な誹諧師、国学者を産み出し、その弟子として、松尾芭蕉が登場するのである。

 蕉風誹諧は、これまでの滑稽中心から、漢籍、日本古典の文化的な蓄積を踏まえ、その発句には一段高い文芸的な位置を与えた。発句を中心として、付句、脇句が展開し、1つの作品の宇宙空間を形成していく。

 芭蕉没後も蕉風誹諧は、優れた門人達にとって継承されていく。そういった状況で、芭蕉は、俳聖として神格化されていく。蕉風誹諧、月次の句会を通じて、人々の文化的規範として、カノン化されていく。

 明治期に入っても政府の文教政策の中に蕉風俳句も位置づけられ、教導として多くの蕉風俳人が就任し、その後は、明倫社等の組織集団が登場する。その様な時代に近代俳句の創始者正岡子規が登場する。

 子規は、権威づけ、神格化された蕉風誹諧を嫌い。「月並み」と軽蔑し、江戸期の誹諧の正当としては、蕪村等を重んじていくようになる。

 しかし、子規は、芭蕉の俳句そのものを軽視した訳ではない。その理由として、俳句を海外にも紹介する為にいくつかの芭蕉の俳句を英訳していることからもうかがわれる。

 古池や 蛙飛び込む 水の音(子規訳)
The old mere! A frog jumping in The sound of water
 芭蕉の句は、すでに明治期の終わりには、英訳が様々な内外の人物によって行われ、現在も続けられている。
An old pond A frog jumps in A splash of water.
新渡戸稲造
The old pond, ah! A frog jumps in: The water's sound.
鈴木大拙
Old pond Frogs jumped in Sound of water
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)
The old pond, Aye! and the sound of a frog leaping into the water
バジル・ホール・チェンバレン
The ancient pond A frog leaps in The sound of the water.
ドナルド・キーン
The old pond. A frog jumps in Plop!
レジナルド・ホーラス・ブライス
静けさや 岩に滲み入る 蝉の声
How still it is here Stinging into the stones, The locust's trill
ドナルド・キーン
Ah, tranquility! Penetrating the very rock, a cicada's voice
ヘレン・クレイグ・マックロウ
田一枚 植えて立ち去る 柳かな
They sowed a whole field, And only then did I leave Saigyô's willow tree
ドナルド・キーン
行春や 鳥啼魚の 目は泪
Spring departing—the birds cry out
and the eyes of the fish are full of tears
ドナルド・キーン
一家に 遊女もねたり 萩と月
Under the same roof Prostitutes were sleeping—The moon and clover
ドナルド・キーン
荒海や 佐渡によこたふ 天河
Turbulent the sea—across to Sado stretches the Milky Way
ドナルド・キーン
蚤虱 馬の尿する 枕もと
Plagued by fleas and lice, I hear the horses stalling Right by my pillow
ドナルド・キーン
The fleas and lice—and next to my pillow, a pissing horse
ヘレン・クレイグ・マックロウ
この道や 行く人なしに 秋のくれ
Along this road Goes no one, This autumn eve.
レジナルド・ホーラス・ブライス
塚も動け わが泣く聲は 秋の風
Shake, O grave! My wailing voice Is the autumn wind.
レジナルド・ホーラス・ブライス
Though I would move the grave, my teary cry
was lost in the autumn wind.
カール・M・ジョンソン
秋深き 隣は何を する人ぞ
Deep autumn; My neighbor, How does he live?
レジナルド・ホーラス・ブライス
Deep autumn my neighbor, how does he live, I wonder?
ロバート・ハス

 

 子規の果たした役割は、「写生」という概念を明確にすることで、俳句の近代化を図ったことは知られているが、俳句文化を近代化を通じて国際的な理解の土壌に持ち込んだという大きな貢献がある。近代俳句の流れは、その後、ホトトギス結社の創設、子規の早世後、高浜虚子や河東碧梧桐等によって引き継がれてゆく。その中で、伝統俳句と、碧梧桐の様な革新俳句とは袂を分かっていく。

 日本は、その後、国粋主義、軍事国家への道を歩み、時流に便乗した高浜虚子を中心とした伝統俳句が中心となり、碧梧桐の無季・自由律俳句は廃れていく。

 無季・自由律の「俳句」の運動はむしろ、海外のHAIKU運動にフィードバックされていき、現在、海外で、HAIKUとして作られているものには、自由律は無論、無季の作品の割合の方が多くなっている。

 21世紀になって、日本文学研究のグローバル化が進み、日本学の文芸部門は飛躍的発展をみている。ハルオ・シラネやジョシュア・モストウの様なテクストから研究史までを包括した高度な理解力を持った研究者が現れ、江戸文学への傾倒が強まり、芭蕉の句を直接的に学術的な意義・価値付けを行い、日本の近代俳句の流れについても批判研究が行われるに至っている。

 その内、欧米人がHAIKUではなくて、日本語による俳句を作るようになり、俳句界の真の国際化が進むのであろうか。

くちなわの殻を透かせば虹色に

hebi200341

粛々とおでこをぺろり青蛙
しゆるるりと鼠を追うて青大将
くちなわの殻を透かせば虹色に
蝙蝠の魚群のごとく舞ひて翔ぶ
老鶯やズボンつるるんベルト落つ

黙したる帳は重し椎の花


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薔薇散りて花屑掃ける旦かな
風鈴をことし吊さぬ家寂し
子燕の尾羽短きはばたきて
黙したる帳は重し椎の花
花合歓に夕陽隠れて即かぬ人

大台の木々揺らし行く青嵐

大台ヶ原、それは、年間の大部分が雨天荒天なのが、たまたまその時は、雨が上がって快晴に恵まれた時でした。
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頂上に夏雲来ては切れて去る
大台の木々揺らし行く青嵐
黒潮は匂ひ微かに南風吹く
白骨の木々揺れたる時に青時雨
片影も少なき山の台地かな

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海霧の下にときおり那智の海
雲海に沈み消えては浮く鳥と
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夏帽の飛びて消えゆく谷深し
絶壁を見下ろす首に風涼し



美しき肺腑とよめき守宮啼く

そういえば、この家に越してきて風呂場を掃除していたら守宮の死骸が生臭い匂いで浮いていたことを想いだした。わたくしよりもこの守宮の方が、この家では先輩なのだ。
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美しき肺腑とよめき守宮啼く
小さくも息のたふとき守宮の目
朋友の守宮ともども深呼吸
五指広げ窓ひたひたと守宮逃ぐ
眺むれば守宮つがひも羨まし
ライター情報

関西大学文学部国語国文学科卒、佛教大学大学院修士課程国文学専攻修了(通信課程)
国学及び近世文学及び書誌学を肥田皓三先生に学ぶ。
趣味は、音楽(ピアノ、ギター演奏) 天体観測(惑星等)神戸市在住。俳句結社童子

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