まつたりおうぶライフ

毎日の平凡で程度が低い暮らしについてそこはかとなく浮かび来る無駄な話題、俳句等のブログです。

2018年04月

みほとけは頬に指当て春待てり

涅槃会に


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実在の宇宙ありけり涅槃会に

マハーニルバーナにて釈尊は二度、此岸、彼岸を行き来しますが、当にそれは、如来観である行きつ戻りつの境地を会得されたことを意味しているのだと思います。元々の如来という言葉の意味は、彼岸・此岸を自在に行き来出来るという境地、覚りを得たもののことを称してゐるのです。つまり、人は涅槃の境地に到達することで如来・仏になり得るのだと思います。

たかんなと来訪神

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たかんなや翁言祝ぐ来訪神

竹取物語が物語りの祖とされている。それは、成立年代が最も古いということなのだろうが、物語の原初の形態を示されているということもあるのではないか。春のことぶれを告げる来訪神、まれびとの言祝ぎの祀りが、この時期に行われるということ、それを担う人は、特別の神意を汲み取る能力を持った人々であると言うことなのだと思います。和歌にしろ物語にしろ「言霊」による呪術が源流にある。和歌は直接的な言祝ぎと言ふ内容であり、物語は、伝承を踏まえ、幾年久しく同じ物語を語り部として伝えることが、花鎮めの祀りの一コマであったと言うこと。古来、たかんなは、その強い生命力の神秘が信仰されて、たかんなの由来、神秘譚を語ることが言祝ぎの中心行事であったからだ。月から竹に宿る神の伝承を語るということの神秘、民俗的な意味合いに注目せねばなるまい。何故、竹取の翁なのか、元々は、翁は来訪神の言質を伝える語り部の役割を果たしているものだったが、その語り部の伝承が物語化される中で作中の登場人物に組み入れられていったのだと考えられるのである。

色消しのレンズ見透す朧月

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内舎人の訪らふ妹に花飾し
(大和物語の説話から)

三輪山の鋼色なる暮春かな
色消しのレンズ見透す朧月

酔ひ寝から目覚めてみれば
黄金週の明けにけるかも

昨日は三輪山へ恒例の集金に出かけて来た。春、夏、冬の季節は必ず訪れているので三輪山のおりおりの景色を観察している。昨日の三輪山、大和三山の色が、鋼の色であり、これは、大和以外の山では少ないことを発見しました。

フラウンホーヘル解析夏近し

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緑雨かなHR図表の端つこで
フラウンホーヘル解析夏近し


まんさくやけふは風速何メートル

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 金縷梅や滴のごとく咲き出でて


 ようやく玄関先のトキワマンサクが開花。
 寒冷な土地なので開花がこんなに遅れました。

 金縷梅の花に気づきてけふのこと
 まんさくやけふは風速何メートル

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