パソコンのフォルダーを整理していたが、通信教育で大学に提出したレポートを見つけて、それが先日、参詣した粉川寺だったので、読み返してみると面白いので掲載する。

平安時代の絵巻物の中から1点を選び、それに関連して自由なテーマで論じなさい


このレポートでは、「粉河寺縁起絵巻の樹木表現」をテーマとして、取りあげる事とする。

1.粉河寺縁起の樹木表現

粉河寺縁起絵巻における樹木表現は、特に観音堂の周辺において特異な形の針葉樹が描かれている事が大きな特長である。

その形は、円錐形に丸い軸を刺したような特異な形となっている。この絵巻には、これ以外にも山と山の間にも針葉樹が数本描かれているが、それらは、一般の照葉樹と比べても比較的写実的な表現であり、観音堂周辺の樹木とは異なっている。

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 つまり、この絵巻で観音堂の周辺のみ特異な形の針葉樹が描かれているが、これが何らかの図像的な象徴性を持っているのか、それともただ単に画家の趣味であるのかを考察してみる事にする。


2.絵巻物と樹木表現の役割

日本の絵巻物の皓歯とも言える絵因果経にも、樹木表現が見られる。その中には松の木や一般的な照葉樹が簡潔に描かれている。樹木は、主要な登場人物や山塊の間、河川の両岸等の場面区分の場所を中心に描かれている。上品蓮台寺本では、比較的簡潔に描かれているが、主要な樹種を見分ける事が可能なレベルである。これに比べて五藤美術館本では、筆致がかなり異なっており、流れる様な線が多用されている。印象としては、上品蓮台寺本では、大陸的であるが、五藤美術館本では、日本的な柔らかさを獲得している。また、上品蓮台寺本では、画面や地形の区切り的な役割が多いのが、五藤美術館本では、背景として樹木が描かれる様になってくる。この樹木の描かれ方は、京都国立美術館蔵の餓鬼草紙の阿難の施餓鬼供養の場面での描かれ方と共通点が見られる。つまり、山塊に重ね合わされて落葉樹が描かれて、更に餓鬼の姿がその前景に描かれると配置は、五島美術館本の絵因果経と共通している。

源氏物語の樹木の描かれ方も特色がある。樹木は、山塊の上に生えている様に描かれており、山塊と一塊を成している。従って地形の起伏と共に樹木の高低のリズムが生まれる。この傾向は、例えば、東屋巻や夕霧巻の調度に描かれている画中画も同様な傾向を見せている。また、樹木は、絵因果経や地獄草紙の様に画面の区切の機能を果たしていない。いや、果たす必要がないのだろう。その換わり、興味深い事に襖に描かれた画中画の樹木が立体性を持って画面の中の登場人物が占めるスペースを区切っている。いわば、「作られた自然」の役割を果たしている。

3.粉河寺縁起の樹木表現の特色

次に本題の粉河寺縁起の樹木表現について、観音堂以外の部分を含めて概観してみよう。絵巻の最初の部分には、民家が描かれており、庭の風景があり、そこを出ると、観音堂に向かう道が描かれている。そこに描かれた樹木は、近接し、ディテールが描かれている。大きさも画面の中で、かなり大きく割合を占めている。樹木は、比較的平坦な地形の上に描かれており、その向こうに山河が見える。最初の観音堂の場面の樹木は、残念ながら、焼損が激しく見る事は困難であるが、御堂の周囲には、前景には、大きく樹木が詳しく描かれ、遠景にも小さく描かれており、遠近効果を樹木の大きさを変える事で表現している。次の場面では、観音堂の扉が開き、拝んでいる人物が描かれている。御堂の背部には、冒頭に指摘した異様な形の三角形の樹木が堂の周りを覆う様に描かれている。更に進むとまた、民家が描かれている。やがて動きのある群衆が描かれ、その遠景には、針葉樹と山塊が遠景に描かれる。次の場面では、更に多くの人物が観音堂に集まっている様子が描かれている。千手観音が置かれた堂の背部には、三角形の樹木が、これまでより詳しく描かれている。近景には、開花した樹木が大きめに描かれており、その下に群衆が描かれている。近景の樹木は場面を区切る役割を果たしている。更に同じ樹木が遠景の山に小さく描かれる事で距離感を表している。再び屋敷が描かれて、病に伏せる病人の姿が描かれる。その後は屋敷や様々な場面を経て、やがて扉が閉まった観音堂が描かれる。近景の樹木は、今度は、葉を散らしている。つまり、落葉する事で時間の経過を現すとと共に場面の区切りの役割を果たす様に工夫される。観音堂の後ろの三角形の樹木は同じ場所に同じ様に描かれている。その後、観音堂の扉は再び開き、群衆が描かれる。画面に左手から春霞が漂って来ている。次の場面では、僧と病気が平癒した女人が描かれている。こころなしか三角形の樹木の数が増えている。つまり、千手観音の霊験が現れる部分では、樹木の数が多く描かれている。

この様な点から考察すれば、まず、三角形の特異な樹木は、観音堂の周辺だけに描かれており、地域性を持った性質がある。更に、観音の霊力が強まると同時に数も増える。こうした点から、特異な形を持った樹木は、画家の趣味というよりも、この絵巻が描きたい観音菩薩の霊験に結びついていると考えられる。


4.まとめ

 絵巻物に描かれる樹木は、場面の区切りや距離感を演出する機能を持っている。それは、技法的に洗練された源氏物語絵巻では画中画の中で、本来の機能を果たすという仕掛けが凝らされている。

 粉河寺縁起絵巻の場合は、源氏物語の様な洗練は見られないが、季節感の演出、観音菩薩とそこに安置されている観音堂の霊力を描くと言う特別な機能を果たしている三角形の特異な形の樹木と通常の樹木が描き分けられている。

 観音信仰に於ける樹木の役割については、観音神呪経に書かれた病気平癒の霊験が、8世紀以降の神仏習合の仏教思想の流れの中で、霊木化現仏としての1木造りの観音木像が制作され、それらは、地域を区切る境界線のところに地域の守護神として祀られ、崇拝を受ける様になる。三角形をした特異な形の樹木は、地域と結びついた千手観音の霊力を示したものであると考えられ、この絵巻が、その様な仏教思想を背景に制作された事がうかがい知れるのである。



追考
 2013年6月に粉川寺に参詣する機会を得たが、やはり、そこにはご神木が崇敬の対象とされていること、粉川寺の本尊千手観音の縁起を考えれば、ご神木が中心的役割を持っていることをつぶさに確認することが出来た。平安前期によく造仏された樹木化現仏は、この様な神木をめぐる素朴な信仰が、仏教、観音信仰に融合した姿とみられ、この絵巻物もそういった信仰、思想的背景が反映されているのだと考える。