童子の評論賞の原稿をようやく書き上げて送稿完了。
果たしてどうなりますやら。

原稿を書いた後、虚子の句の存門と極楽の関係についてずっと考えていると夜も寝られなくなってしまいました。
結局、虚子に言わせると花鳥諷詠とは、まさに、人生の苦しみを離れたところにある境地であり、それは、一瞬であり永遠であるということ。仏教の思想につながるものがありますね。019


それは、一つの解脱の境でもあるのだろうけれど、なかなか、凡人には、その様なところまでは行けない。釈尊がもともと説かれた原始仏教の教えもその様な考えに近いところにある。それに比べて大乗経典はどうだろうか、あるいは、唯識や中観論まで想いが拡大してしまって、とうとう、昨夜は一睡も出来ませんでした。

それにしても最後の時まで、虚子が句帳を前に俳句の世界の埋没していた様子が伺えます。