弐拾九年の水無月なるや、真言の庭の秘伝書を写せしといふ越前瀧谷寺へと路糧も包まず千里の路を杖突き、足引き摺りて辿りけり。乗り合いの車に揺られて長き日も暮れ果てて福井の宿に至るなり。

血のやうに紅き夕焼や小谷城
いくさ場の跡仄暗き蛍の灯
夏深む鯖街道はトンネルで


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しみじみと一人宿寝や梅雨の雷

つとめては越前三国湊を目指し路行十里の道中。越前平野の植田はまさに茫々たる。先代の御代の風情残せし町並みを暫し徘徊す。

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木枠戸に梅雨空映す老舗かな
団扇持ち三国湊にゆかんとす
涼しさや越前訛り小袖襟
うつくしく白き肌なる藍浴衣
北国の武者馳せ参じ青時雨

三国湊に着き、ひたすらに長き坂を歩行にて山門めざす。
山門への路、深き青葉に埋もれ、老鶯の声四方に谺しけり。

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境内の明るく青葉青葉かな
老鴬もお国訛りの古刹かな
真青なる山門くぐり鐘涼し

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鐘楼の山門を潜れば、越前古刹瀧谷寺。真言の教え堅く守りし寺内なり。
青色の袈裟の僧に案内され、本堂、薬師如来、大観世音に経捧ぐ。

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真言の青葉に埋もれ不動尊
撰集の仮名序写すや夏座敷
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作庭の秘伝伝授の技、この堂、御庭前にて修し、灌頂の境地を得たるといふ。
爾来、三百余歳を得しこと、庭の樹木の茂れる様に興を深めて座してをり。

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中嶋ははうらいなるや時鳥
黒床に青葉映して瀧谷寺
庭石は色即是空小紫陽

母身罷りてひたぶるに閑寂を好み、山野に跡を隠したき、心の洞に些かも涼しい庭の風吹き抜けて、南無観世音とて合掌し、やがて寺門を下りけり。