Juroujin

おぼろおぼろ禅画の如みなぼやけ
傘忘れ打たるるもよし花の雨
ホ句あるも桜は要らぬ垂れけり
我が庵は誰も見ぬまま椿落つ
ふるさとの想ひは深し青き踏む

久しぶりに実家で一夜を明かした。無人無住の家には、様々の木霊が宿り、怪しげな技などをしかけてくるが、一心に経典を唱え無事に一夜を過ごすことができた。上田秋成の小説世界は嘘だと想っていたが、実際に荒れ果てた家にゐると、江戸時代も今の世も変わらぬままだと思はざるを得ない。母が終日過ごしていた部屋は、全て片づけ終ゑているが、柿本人麻呂像と俳聖松尾芭蕉の彫像は、我が家に江戸時代から伝わったそのままに安置されている。芭蕉像は、何やらうなだれてをり、創作の苦悩と集中を表した座像であり、大きさは、10㎝位の小さな像だが、祖母も母もこの御像を敬っていたことが思い出されます。庭には、どういう訳か他の花は全て伐られてしまったが、椿の花が数株残っており、家の門から玄関口に上がる数十段の階段の途中に実に大きな花弁がそのままに落ちており、驚かされた。