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水澄めり水面に映る弥陀の顔

 シルクロードの絵画にみられる炎肩仏は、肩から炎の様な三角形の突起が生じて描かれた仏達である。しかし、この突起がなんであるかについては、あきらかではない。果たして本当に炎なのかという点である。仏の持つ生命力・威力の象徴して炎が肩から立ち上がっている様に描かれているとの解釈で、仏の生命力にも通じるものであるとされている。この様なコンセプトは、平等院の阿弥陀如来像にも活かされていると言われている。それは、光背の蓮華から放射する光があたかも肩から伸び上がっている様に見える点であると言われた。(佛教大学 安藤佳香先生)阿弥陀如来は、「光の仏」であるが、この光は、果たして、炎なんだろうか。阿弥陀の光が蓮華の生命力が結晶して放散された光と認識することは辛うじて出来ても、炎肩仏の「炎」と同様に捉えることができるのだろうか。仏教芸術の中での炎の描写については、最近の展覧でも話題になっている青不動の背後に燃える「カルラ火」が代表的なものであり、このカルラ火と北野天神絵巻に描かれた六道めぐりの地獄の業火との描写技法の類似性について指摘されているが、「罪を焼き尽くす炎」としての捉え方であり、「仏の生命力」、「阿弥陀の救済の光」とは、別物ではないだろうか。信仰心を包み込む光と邪心を焼き尽くす炎。この違いを考えてみることが浄土教美術なんだと思います。そこに往生要集の思想が表現されている。弥陀の光背の光の閑かさはさながら棲んだ秋の水の様な気持ちにならせてくれる。