まつたりおうぶライフ

三流の暮らしについての無為自然の話題、俳句等のブログです。

今日の一句

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マスクして我と汝でありしかな 虚子
滅菌のマスク厚きや我は我 強

今になって虚子の句が現実味を帯びて迫って来ている。変異株ウイルスはどうやらイギリスの首相によれば致死率が上昇しているそうだ。実際、この1ヶ月で関西の死者数は東京を大幅に上回ったし、日本全体の死者数は、なんと中国の死者数を上回ってしまった。日本の場合は、現在の緊急事態宣言では不十分である。ある映画をみていた。「緊急事態宣言」と言う映画だが、その映画では、「100年自粛」と言う途方ない長期間の外出自粛が強いられていた。今のウイルスは、変異株はワクチンも効かず、短期的なものでもなく、歴史を超えて人類の存在にとって危機的な状況をもたらしている。克服には数世紀、あるいは、数十世紀がかかるかもしれない。何世代にも亘ってソーシャルディスタンスを守る必要が出てきました。

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雪舟の庭園広し巌凍てて

水墨画で有名な雪舟は吉備の国の豪渓を幼時になんども訪れ、水墨画の感性を磨いたとされているが、その世界を庭園にも表現した。雪舟作の庭園が島根県やその他の地域に残っている。ちょうど嵯峨流古庭秘伝が成立して流布した時期に当たる。禅宗の庭園が完成するまでには期間が残されており、折衷型の庭園を作庭している。石の選び方や立て方等は、作庭記や嵯峨流古庭秘伝との関連も伺われ興味深い。夢窓疎石の思想の流れも窺われる。また、雪舟の水墨画にみられる構図とか岩の配置などは作庭術も参考にされている思われる。

佛教大学の講座で有名な作庭家である重森 三玲氏のお孫さんに今、作庭思想史について教わっているが、興味深いことも多い。雪舟は、明の国に渡って水墨画の技術を習得したといわれるが、やはり、中国の山河の景観をつぶさに体験することで作庭や水墨画の境地を学ぼうとしたのだと思う。

 

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即興の冬尽く星座ベートーヴェン
ベートーヴェンが生きていた時代、ベートーヴェンの名声はピアノ即興演奏の素晴らしさでした。折々の感興を織り込んでピアノ即興演奏を繰り広げる素晴らしさにみんな酔いしれました。図像は即興演奏でサロンの評価を得るベートーヴェンと彼を紹介したモーツアルト。

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初夢や書庫の階段上り来て

今朝の体温は、36.4℃で平熱だった。昨日は一体どうしたのだろうか。
昨日も平熱だったらお芝居をみにいけたのに悲しいなあ。
初夢は、関西大学の図書館の2階と3階に上がった夢。
どういう訳か階段が非常に険しいというか手すりの上を手繰って登っていく。2階は、社会科学関係の本や辞書、辞典類が並んでいる。辞書のコーナーからなんとシャボン玉が漂って来た。大勢の学生などが閲覧室にいった。3階は、人文関係の本が中心。
民俗学の論文を書くために訪問していた夢。プレ論文というのを書いていて、それは、仮説の仮説の様なあらすじ的な内容で、そのあらすじの内容にそってプレ地域調査を行うことのようだった。
調査はいつも象徴的に夢の中の世界に出てくる村と町の境界にある奇妙な石室と洞窟を組み合わせたもの。凄く狭いが、そこを通り抜けると全く別の世界に出てしまう。
プレ地域調査では、アクセス方法の検討とかキーマンの探索、調査対象となる物体の写真撮影等を行って、プレ論文(リポート)を書くことになっていて図書館の3階で書いていたが、なかなか進まない。プレ論文を指導教官に提出して添削を受けて、本番の論文を書くことになっている。
そこで目が覚めてらもう朝でした。図書館と論文の夢が初夢だった。
写真は関大図書館のカウンター。書庫からベルトコンベアーで本が流れてくる。空港の手荷物受取と同じ。広大なスペース。3階の閲覧室。
僕が在学していた時代は、この図書館は完成しておらずおんぼろの円形の形状をした使いにくく老朽の現在、情けない博物館になっている旧舘しか使えなかった。

社会人になってから新しい総合図書館(新しいと言ってももう出来てから40年位経過している。)は校友として利用させてもらっており、旧図書館長の故浦西和彦名誉教授にも親切にしていただいた。

一番価値があるのが明治初期から大正期に至るまでの大阪の新聞全巻をみることが出来るので、1年分をみるのに数時間かかるし、ルーペ等が必要になる。どのような事件が起きたのかとか当時の広告や日常生活もわかって面白い。

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絵襖やラクリモーサを追悼に
https://www.facebook.com/tsutomu.furuya/videos/3651732601573427

昨日は、神戸市中央市民病院で最後の託宣を受けた。カメラ画像をみせてもらったら奇跡が起きていた。なんとこぶし大の腫瘤が半分以下に萎んでしまっている。膿が排出されたのか。組織検査も良性で切除の必要はなしとのこと。ありがたい、助かったと思います。他に切除したポリープも陽性だった。まさに腫瘤が萎むとは思わなかった。盲腸の部位から小腸にまでカメラを入れて撮影したが、そこも異常がないということ。腫瘤の残りを切除するとかえって不具合が生じるのでこのまま様子をみることに。来年も内視鏡検査を受けるということで無罪放免となった。

診察を受けて市民病院の外にいくと亡くなられた方が火葬場に搬送されている。コロナで亡くなって、そのまま火葬にして遺族に返されるそうだ。入り口の右側がPCR検査会場への入り口、手術や入院をする人は全て検査を受けなければならない。私の前に診察を受けていた奥さんがドアを開けて出てきたが、これからの検査の説明を受けていた。気の毒なことだと思いました。

帰宅してラクリモーサを静か弾いて目をつぶった。


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